2009年07月05日

休稿



大きな赤い花.jpg


函館の花

20090705(日)  土曜、日曜、祭日は休稿させていただきます。いつも読者の皆様に感謝しています。 
posted by キャプテン at 01:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

休稿


休稿 
20090704 

ライラックの花.jpg

函館の花



土曜、日曜、祭日は休稿させていただきます。


いつも読者の皆様に感謝しています。
タグ:函館
posted by キャプテン at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

歯科クリニック

歯科クリニック  20090703

他人さまとお話をするときには、発音がはっきりした、はきはきとした言葉で話したほうがよいのは解っています。でも私のように歯がだいぶ抜けてしまい、一部に入れ歯とかサシバがありますと、そうもいかなくなります。

そこで歯科クリニックに行って、徹底的に治療をしてもらっていました。数回通院しているうちに、この歯科クリニックの治療の仕方に不満が出てきまして、歯科クリニックを変更しました。

新しい歯科クリニックに行きました。 歯科クリニックを変更したのは正解でした。治療の仕方が全く違うのです。

新しい歯科クリニックでは治療室に行くのに消毒されたスリッパを履きます。前の歯科クリニックでは、玄関ではいたスリッパで治療室まで行くようになっています。不衛生といえば不衛生ですね。

消毒されたスリッパをはいて治療室に行きます。治療用椅子に座ります。目の前にはコンピュータに接続された液晶ディスプレイが置かれています。前の歯科クリニックではこのような装備はありませんでした。最初にこの歯科クリニックに来た時にX線で撮影された僕

の上あごと下あごの歯がすべて液晶ディスプレイに映し出されています。僕はそれを観察して素人なりに傷んだ自分の歯を判断できます。

 このX線写真をもとに診療初日に歯科医がこの歯は抜かなければならないなどの説明をします。前の歯科クリニックでもX線撮影はしましたが、傷んでいる部分だけで、歯全体の撮影はしませんでした。ここが大変違っていました。

Aの歯科クリニックが不満ならばB歯科クリニックに行く必要があるのが解りました。

また、
今治療を受けている歯科クリニックが特に不満でなくても、より良い治療を求めて、試しに別の歯科クリニックに行って、両方を比べてみるのも、時には必要ではないかと思います。なにしろわが身のことですので。
タグ:歯医者
posted by キャプテン at 00:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

洪水

20090702 洪水

安心と安全という言葉はマスコミを通じて私たちの目と耳に届いていあます。国民の生活について述べられるのが多いようです。

安全安心は自然災害についてもとっても大切です。現在九州方面、特に大分福岡県の泥水の氾濫はすさまじいじいものです。

テレビ局のレポーターが氾濫している川のそばで現状報告をしているのがテレビに映し出されています。

テレビではレポーターが激しく波を立ててすさまじい勢いで流れている川のそば1メートルくらいしか離れていない場所からカメラに向かって状況報告をしています。

驚きましたね、レポーターが救命胴着を身につけていないのでした。あちこちで複数のレポーターが濁流のすぐそばから現場報告をしています。誰一人救命胴着を身にまとっていません。 

レポーターが立っている河川のすぐそばの土地は、水面下でどれだけ濁流で削られているのかは誰も知りえません。とっても危険です。


安心安全はレポーターやカメラマンにも配慮されなければなりなせん。誰が配慮するの?もちろんレポーターとカメラマン自身が自分で気をつけなければならないでしょう。


次はその他のスタッフ、最終的にはテレビ会社の社長です。



濁流のそばに立っているレポーターとカメラマンが誰一人救命胴着を着用していないのは、感心できませんね〜。

安心安全の報道は簡単です。しかしそれをわが身に適用するのは、彼らにとってはは難しいようですね。
posted by キャプテン at 01:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

オシエンさん

オシエンさん 20090701

オシエンさんのフルネームはオシエン・ペニアンと言います。ミクロネシア人です。彼と会いましたきっかけは、私がミクロネシア連邦のあちこちの島を調査して、チューク州(トラック島)に10日ほど滞在していたときに、オシエンさんが訪ねてきたのです。 オシエンさんは自己紹介をして、戦艦大和がトラック島に停泊していた時の話などをしてくれました。「ヤマトはそこらへんの島よりも大きかった」と、当時のことを思い出しながら、感慨深げに話していました。 そして若い時に日本海軍のために働いていたことを語りました。その時の彼の仕事はチュークに入港する日本のマグロ延縄漁船の船長とミクロネシアの国営漁業会社の間に立って通訳の仕事をしていたのです。 マグロ延縄漁船はミクロネシア連邦経済水域内で操業をしており、捕獲したマグロをミクロネシアの国営漁業会社の施設に水揚げをして、魚体処理を行い、生のままカートンケースに詰め込みます。 この生鮮まぐろが入っているカートンケースをチューク国際空港からグアムに運び、グアムから東京大阪福岡などに向かって飛び立つジェット旅客機に搭載して日本に送り込みます。 日本のマグロ延縄漁船はマグロの水揚げだけではなく、氷の積み込み、食料の調達、燃料補給などをすべてチュークの港で行います。 数十トン級の沖縄のマグロ延縄漁船を中心とする漁船団は、チューク港で通訳を必要とする時があります。この通訳業務をオシエンさんがしていたのです。 ある程度は感じも読めるし、ひらがな、カタカナを書く能力は十分でしたので、日本のマグロ延縄漁船にとっては重宝がられていました。 そのオシエンさんが僕を訪ねてきたのです。目的は特になかったようですが、私がチューク州に初めて訪れたので珍しがってやってきたのです。これが彼との馴れ初めの初めでした。 一年近いミクロネシア連邦滞在を終えて、私は日本に帰りました。その後あちこちの発展途上国に行く仕事もありまして、オシエンさんのことはすっかり忘れていました。 彼と別れて三年後に自宅に手紙が届きました。カタカナで書かれていました。内容は経済的に困っているのでいくらでもよいので送金してくれないかというものでした。 チュークの人にお金を送ってあげる、ということを私はしない方針でした。しかし万策尽きての送金依頼と思われましたので、エヤメイルに一万円を同封して送ってあげました。一カ月ほどしてお礼の手紙が届きました。 エヤメイルで送金していましたので、途中でだれかに盗まれる可能性もありますので、心配していましたが、無事に届いたようなので安心しました。 数ヵ月後にまた送金依頼がありました。やむなく送ってあげました。そしたらまた数ヵ月後に送金依頼がありました。その時も送ってあげました。 このようなことが続きました。私の送金方法は法律に違反していますので、オシエンさんにその旨を説明し、銀行口座を開設するように勧めました。2週間ほどたって、口座番号や銀行名などを知らせる手紙が届きました。 これがもとで彼にわずかではありますが経済支援を続けています。これは貧しい人を助けるという高邁な精神からではありません。 戦前チュークの人たちに大変な迷惑をかけてしまい、功労金、年金、遺族年金、慰謝料などをチュークの人に支払っていないから、罪滅ぼしのためにしています。日本軍と連合軍の戦いでチューク人は1000人以上が死亡しています。 本来ならば日本政府が実施すべきことですが、政府も政治家もこのようなことをしないのです。 トラック・ラグーングーには今も日本の艦船が多数沈没しています。艦と運命を共にした乗組員の遺体も、もう骨だけになって現存しています。 トラック・ラグーングーは観光潜水スポットになっており、水中に潜った観光客が海底に横たわっている日本海軍乗組員の頭蓋骨を手に持って記念写真を撮ったりしています。 国辱的な写真です。日本の政治家や政府は何とも思わないのでしょうか
posted by キャプテン at 00:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オシエンさん

オシエンさん 20090701

オシエンさんのフルネームはオシエン・ペニアンと言います。ミクロネシア人です。彼と会いましたきっかけは、私がミクロネシア連邦のあちこちの島を調査して、チューク州(トラック島)に10日ほど滞在していたときに、オシエンさんが訪ねてきたのです。 オシエンさんは自己紹介をして、戦艦大和がトラック島に停泊していた時の話などをしてくれました。「ヤマオはそこらへんの島よりも大きかった」と、当時のことを思い出しながら、感慨深げに話していました。 そして若い時に日本海軍のために働いていたことを語りました。その時の彼の仕事はチュークに入港する日本のマグロ延縄漁船の船長とミクロネシアの国営漁業会社の間に立って通訳の仕事をしていたのです。 マグロ延縄漁船はミクロネシア連邦経済水域内で操業をしており、捕獲したマグロをミクロネシアの国営漁業会社の施設に水揚げをして、魚体処理を行い、生のままカートンケースに詰め込みます。 この生鮮まぐろが入っているカートンケースをチューク国際空港からグアムに運び、グアムから東京大阪福岡などに向かって飛び立つジェット旅客機に搭載して日本に送り込みます。 日本のマグロ延縄漁船はマグロの水揚げだけではなく、氷の積み込み、食料の調達、燃料補給などをすべてチュークの港で行います。 数十トンの沖縄のマグロ延縄漁船を中心とする漁船団は、チューク港で通訳を必要とする時があります。この通訳業務をオシエンさんがしていたのです。 ある程度は感じ得お読めるし、ひらがな、カタカナを書く能力は十分でしたので、日本のマグロ延縄漁船にとっては重宝がられていました。 そのオシエンさんが僕を訪ねてきたのです。目的は特になかったようですが、私がチューク州に初めて訪れたので珍しがってやってきたのです。これが彼との馴れ初めの初めでした。 一年近いミクロネシア連邦滞在を終えて、私は日本に帰りました。その後あちこちの発展途上国に行く仕事もありまして、オシエンさんのことはすっかり忘れていました。 彼と別れて三年後に自宅に手紙が届きました。カタカナで書かれていました。内容は経済的に困っているのでいくらでもよいので送金してくれないかというものでした。 チュークの人にお金を送ってあげる、ということを私はしない方針でした。しかし万策尽きての送金依頼と思われましたので、エヤメイルに一万円を同封して送ってあげました。一カ月ほどしてお礼の手紙が届きました。 エヤメイルで送金していましたので、途中でだれかに盗まれる可能性もありますので、心配していましたが、無事に届いたようなので安心しました。 数ヵ月後にまた送金依頼がありました。やむなく送ってあげました。そしてらまた数ヵ月後に送金依頼がありました。その時も送ってあげました。 このようなことが続きました。私の送金方法は法律に違反していますので、オシエンさんにその旨を説明し、銀行口座を開設するように勧めました。2週間ほどたって、口座番号や銀行名などを知らせる手紙が届きました。 これがもとで彼にわずかではありますが経済支援を続けています。これは貧しい人を助けるという高邁な精神からではありません。 戦前チュークの人たちに大変な迷惑をかけてしまい、功労金、年金、遺族年金、慰謝料などをチュークの人に支払っていないから、罪滅ぼしのためにしています。日本軍と連合軍の戦いでチューク人は1000人以上が死亡しています。 本来ならば日本政府が実施すべきことですが、政府も政治家もこのようなことをしないのです。 トラック・ラグーングーには今も日本の艦船が多数沈没しています。艦と運命を共にした乗組員の遺体も、もう骨だけになって現存しています。 トラック・ラグーングーは観光潜水スポットになっており、水中に潜った観光客が海底に横たわっている日本海軍乗組員の頭蓋骨を手に持って記念写真を撮ったりしています。 国辱的な写真です。日本の政治家や政府は何とも思わないのでしょうか。
posted by キャプテン at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

カタカナのエヤメイル

オシエンの手紙内容1.jpg

カタカナのエヤメイル 20090630

 
写真:オシエンの手紙(内容1)昨日の午後三時ころ南太平洋はミクロネシア連邦のチューク島(旧称トラック島)のオシエンさんから半年ぶりにエヤメイルが届きました。彼はもう八十六歳くらいです。 戦前に日本によって設立された公民学校を優秀な成績で卒業し、さらに上級の学校(在パラオ)に進学した男性です。その時に勉強したカタカナを今も覚えており、僕には写真のようなカタカナの手紙を送ってきます。 カタカナを勉強して半世紀以上も過ぎていますので、少しばかり不正確な表現もありますが、書いていることは100%理解できます。 彼には時々経済的支援をしていますので、そのお礼の手紙でした。戦時中オシエンのように日本海軍のために働いたミクロネシア人の数は相当数に上ります。 しかし日本軍のために働いたオシエンのような人々や、日本の海軍病院で働いたミクロネシア女性看護婦(当時はまだ十八歳からに十歳前半でした)に対して日本政府は功労金、退職金、年金も払っていません。 本当に日本政府は恩知らずですね。天下り官僚には毎年十二兆円にのぼる大金を毎年払っていることを顧みますと、戦前日本に協力したミクロネシア人に払うお金がないというのには納得できません。 南太平洋島嶼国の中では最大の親日国であるのを見ますと、日本側は何とかしないといけないのではないのでしょうか。

posted by キャプテン at 01:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

宇宙人

僕の街 20090629

宇宙人
知能が地球人と同じくらい発達した生物が住んでいる惑星を発見しました時、彼らとどのような方法でコミュニケーションをするか、というテーマで討論をしたことがあります。この生物を簡単に「宇宙人」とします。

荒唐無稽なものから、なるほどというものまでたくさんのアイデアが出ました。一つは宇宙に充満している水素は宇宙人も知っているはずだから、これを最初の共通語にしてから出発したらよいのではないか、などです。

宇宙人が住む惑星は地球とおなじく太陽のような恒星の近くに存在するはず、ということで宇宙人と地球人は共通の存在として、恒星を共有できるはず。

それで宇宙人との会話では相互に理解できる共通点を発見してゆけば、ついに完全なコミュニケーションを行えるのではないかということでした。

しかし未知の生物とのコミュニケーションはそう簡単にはできないという人もいました。

「地球人は三次元の世界に住んでおり、すべては三次元内の存在である。二次元の世界の知的動物、四次元の世界の生物であった場合はどうするのか」ということでした。

二次元の世界の知的動物は科学者の間で「フラットランド」の住人として親しまれています。フラットランドは縦と横の平面しかない世界です。

これに縦、横、高さがある三次元の世界をフラットランドの住人に説明するには、縦、横、高さがある箱を展開して、縦横だけの二次元の存在にした展開図をフラットランドの住人に示して、三次元の世界を説明すれば、フラットランドの住人と地球人の間に共通の認識が生まれる可能性がある、という説明も出ました。

結論は、二次元、三次元、四次元であろうとなかろうと、相互の共通点を発見しない限り共通のコミュニケーションを持つことは不可能ということでした。

これからえられました教訓は、地球人同士のコミュニケーションでした。地球人同士でも何か共通のポイントがないと、真のコミュニケーションは得られないであろう、ということでした。
posted by キャプテン at 23:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

休稿

函館の花.jpg


20090628 ()


土曜、日曜、祭日は休稿させていただきます。

いつも読者の皆様に感謝しています。 
タグ:函館
posted by キャプテン at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

休稿

20090627 (土)


土曜、日曜、祭日は休稿させていただきます。

いつも読者の皆様に感謝しています。 
posted by キャプテン at 01:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする